ドクターTのひとりごと

  • 2016.06.05 Sunday
  • 10:50
その35 「戦後復興のふるさと舞鶴」
明治時代から軍港として発展してきた舞鶴は、第2次世界大戦後は、海外に取り残された日本人の帰国を受け入れる「引揚港」として、国内で唯一、引揚事業の最後まで13 年間に渡り、約66万人もの引揚者、特にシベリア抑留者を多く迎え入れた。引揚船が入港するたびに、当時の舞鶴市民は、戦後の物不足で自らの生活もままならない中、お茶やふかした芋などを振る舞った。引揚者は帰国後全国各地で戦後の復興に尽力され、今日の日本の繁栄の礎を築かれた。引揚者の新しい人生の第一歩が踏み出された舞鶴は、再出発の地であり、まさに「戦後復興のふるさと」といえる。戦後世代が人口の大半を占める中、薄れゆく引き揚げの史実と戦争の悲惨さや平和の尊さを後世に語り継ぐことが、市民を挙げて引揚事業に携わってきた本市の責務であり、引き揚げやシベリア抑留に関する貴重な資料を「ユネスコ世界記憶遺産」に登録する取り組みを続けた結果、3年3ヶ月の努力が叶って、昨年10月10日に登録された。資料の多くは、「生きることへの希望の記録」である。極限ともいえる環境にあっても生きて帰国することを信じ、それを待つ家族も安否を気遣いつつ、再会の望みを持ち続けていた姿などが克明に刻まれている。家族愛の欠如や相手の痛みに対する想像力の不足が危惧される事件等が頻発している現代において、家族の絆や諦めない心、生きる力、明日があることの素晴らしさについて考える機会を我々に提供してくれる貴重な資料であり、国内外に広く発信したい。
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